パネライの歴史

パネライの創立は19世紀半ば、創立者ジョヴァンニ・パネライがイタリア、フィレンツェにスイス時計数社と取引を始めたことに始まります。
ジョヴァンニ・パネライが一番最初に時計店を開いたのはグラツィエ橋という橋の上だったそうです。

その後、イタリア海軍用に潜水用途の時計の開発を始めるのが1930年代ですから、創立最初期のパネライは現在あるような時計をつくっていたというわけではありません。
橋の上からフィレンツェのサン・ジョヴァンニ広場に店舗を移した過程で店名は"OROLOGERIA SVIZZERA"(スイス時計店)となったそうですから、時計を中心とした精密機械の総合商社がオフィチーネ・パネライの前身です。

軍との取引はジョヴァンニ・パネライの孫グイドの妻グリエルミーナの父が軍の食器、食品納入業者であったところから。
やがて軍用機期を1915年から納入し始め、1930年代の海軍特殊潜水部隊設立に伴ってその用途に合う時計の開発を依頼される事になります。

最初につくられた海軍用の腕時計は1936年のラジオミールであり、この時点ではロレックス特許のねじ込みリュウズを採用したものでした。

その後1940年代にパネライのシンボルとも言えるレバーロック式リュウズプロテクターを開発。

1950年代にはエジプト海軍からの要請にも応え、回転ベゼル搭載モデルも納入。

長く軍用ということで秘密にされていたパネライが一般市場向けに時計を販売するのが1993年。

現在でもサン・ジョヴァンニ広場16番地には設立初期の面影を残すオフィチーネ・パネライ専門店があります。
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